心療内科・精神科
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天王寺 アポロビル7F
みやた クリニック
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具体的な問題に直面し、それを乗り越えて、新しい自分に生まれ変わるために:レジリエンスのために

電話受付時間
午前 9:00 ~ 13:00
午後 4:20 ~  7:00
〒545-0052 大阪市阿倍野区阿倍野筋1-5-31 アポロビル7F 

当院では、生きづらさ、対人緊張、不安、うつ状態、あがり症、恐怖症、社交不安障害、強迫性障害、パニック障害、うつ病、双極性障害、発達障害などに対して、医師単独か医師が臨床心理士と共に以下の治療などを行い、患者さまがより良く生きていけるように診療を行っております。

支持的精神療法:
医師が患者さまに寄り添いながら、患者さまの言葉に共感し傾聴しながら、あくまでも支持的に接していく中で、患者さま自らが問題点に気づき、整理が出来、解決策がみつけられるようにしていく治療法です。

認知行動療法:
簡単に説明しますと、認知(物事のとらえ方、考え方、感じ方、くせ)を日常生活の行動を通して、その行動を観察し意識的に変えることで、今まで生きてきた中で出来上がった偏った信念に気づき、それを変えて行くことで、認知が変化し、行動が変化し生き易くなっていく治療法です。

マインドフルネス認知療法:
最近の新しい心理療法にマインドフルネス認知療法というのがあります。

極簡単に分かり易く説明しますと、現代人は思考過多になっており、過去のつらい経験から未来の今後起こるかも知れない出来事を過分に悪く予測し、考え過ぎて不安になり、不安な起こりもしない未来のことで頭が一杯になってしまっています。そのため今目の前で起こっていることに集中することが出来なくなっており、充実感、満足感、楽しさや生きがいを感じられなくなっていることが多いのではないでしょうか?

マインドフルネス認知療法とは、その点に意識を向け、過去や未来ではなく、今ここ、を取り戻していき、
あるがままの現在を深く感じられるようになり(マインドフルネス)、
今生きることに充実感や満足感が持てるようになる治療法です。

極簡単に言えば、座禅やヨガの効果に目を付けたマサチューセッツ大学医学部名誉教授のJ.カバットジン名誉教授がストレス社会に生きる現代人のために簡単に誰でもが瞑想出来るように開発された方法です。

具体的には目を閉じてただ今呼吸しているお腹の動きを観察するだけなのですが、そこには深い意味と効果があります。
実際にやってみるとわかるのですが、直ぐに何か考えてしまっている自分に気付きます。それでまた直ぐにそれに気付いてお腹の動きだけを観察するのですが、また直ぐ何か他の事を考えてしまっているのに気付きます。

日頃からいかに自分が考え過ぎているのか分かります。

考えるのではなく今呼吸して動いているお腹の動きを観察するということは、今を感じることとほぼ同じと考えられます。

ですので30分ぐらいこの呼吸法を実施した後は頭がすっきりします。

現代人は考えてばっかりです。今を感じること、楽しむこと、笑うこと、趣味をすること、私で言えばテニスをすること、本当の自分を今感じて生きていることが減ってしまっています。

このマインドフルネス瞑想は今や大企業が毎朝みんなで行っているそうです。トップアスリートやもちろん心療内科の治療でもです。

マインドフルネス瞑想をすることで、考えすぎるのではなく、今ここに感じて冷静に一歩引いて行動出来るようになります。

暴露反応妨害法:
主に不安の強い方が対象です。特に強迫性障害に有効です。極簡単に説明しますと、こられの強い不安を感じられて日常生活に支障をきたしておられる方は、誤った認知(未来に対する過大に悪く考える思考パターン、くせ)のため、直ぐにある特定の場面で強い不安を感じてしまい、その目の前の強い不安を避けるため、無意味か日常生活に支障をきたす問題行動をとってしまうことに焦点をあてた治療法です。治療としましては、耐えうる不安な状況を体験(暴露)してもらい、しかしその時肝心なのは、今までとっていた不適応的な行動をしないでその不安がすぎさるのに耐える(反応妨害)することで、少しずつ不安に慣らして行き、結果として誤った認知や信念が改善していくという治療法です。

リワークプログラム:
極簡単に説明しますと、当院では休職か退職になられた方に対して、復職や再就職、更には仕事に就いた後も休職しないように、医師が各個々人に対してオーダーメイドの心理療法プログラムを患者さまと共に行っていく治療法です。院長が現在も現役で産業医活動を実施しておりますので、実地に即したサポート対応が可能と考えております。

カウンセリング:
臨床心理士が医師と連携を取りながら、患者さまのつらい思いを少しずつ傾聴し共にその場でその思いを共有することで、患者さま自ら気づきが得られる場になればと考えております。

寄り添うこと:
最近、寄り添う、という言葉がよく色々なところで使われているのを目にするようになりました。
実際私もクリニックのホームページに寄り添うという言葉を何回も使っています。
心療内科医である私にとっては、なおさら大事な言葉だと感じでいます。

しかし寄り添うことは簡単な事ではありません。
想像してみて下さい。

もし自分が最愛の人を突然亡くしてしまい絶望しているとしたら。

この時誰かが、大丈夫だよ、時間がたてば気分もかわるから、何とかなるよ。と言われたとしたら。
恐らくご自身は内心、何が大丈夫なもんか、何も分かってくれていない、早くどっかに行ってくれ、と感じるのではないでしょうか?

今度はまた別の人が、わかるわかるよ、辛いのは、と同情して声をかけてくれたとしたら。
今度も恐らく、何がわかるんだ、わかるもんか、同情は止めてくれ、と感じるのではないでしょうか?

その次は、自分が知らない間に、自分の後ろに友達がそっといて、自分と一緒に涙してくれているのを振り返って気づいたとしたらどうでしょうか?
今回は友人が何もせずそこにいてくれているだけです。でも自身はきっと癒されるはずです。

寄り添うとはそういうことだと感じます。そして最大の癒しになると思います。最大の心理療法かと。

でもやはりこれは簡単なことではないと感じています。
なぜかというと、決して押しつけになってはいけないからです。辛い思いで目の前にいる人に対して、私に出来ることは何もありません、ただあなたと一緒にここにいてあげることしかできません、と心から感じることだからです。

そうすると相手が心を少し開いてくれて、そこから心理療法も始まるものと思います。
自己主張しない状態、究極的には自我がない状態、
つまり簡単に言えば修行した僧侶が悟りに至った状態と思います。
だから人間である以上極論から言えば無理ということになると思います。

ですので、心理療法を行う場合や寄り添う場合、常に自分がおごっていないか、押しつけになっていないか、を意識して、自分は無力ですし一緒にいることしかできません、という所からはじめる必要があると感じています。

ある在宅医療で看取りを専門にされているベテランの医師は、ホスピス勤務時5年以上の間患者さんの死の苦しみと向き合おうとし、患者さんの辛い気持ちを何とかしてあげようと頑張られたのですが、どうせ死ぬなら早く殺してくれ、などと言われることもあり、患者さんの死の苦しみを軽くしてあげることがほとんどできず、苦悩の日々を送っていたのですが、ある時ふと、自分は無力だ、何も出来ない、いてあげることしか出来ない、と思った時急に肩の荷がおりたそうです。その時から少しずつ患者さんと上手く関われるようになっていったそうです。その変わり、24時間、365日呼ばれればいつでも直ぐ往診するし、患者さんだけでなく家族のケアにも出来る限りのことをされているそうです。私には到底無理で頭が下がる思いです。

また日本でのホスピスの先駆的病院として有名な淀川キリスト教病院の牧師も同じ様なことを言われているのをある時聞いたことがあります。30年のベテランの方ですが、こちらから何かしてあげようと思っていると患者さんは逃げていくそうです。そこで常に、私は何も出来ません。ただここにあなたといることしか出来ません、と思いなながら寄り添っていると、患者さんから寄って来られて、そこから色々なことが出来る様になっていくそうです。
ただこの方も常に押しつけにならないように心がけておられるそうです。しかし完全には無理だそうです。人間である以上無理だそうです。(私は無宗教ですが)その方いわく、だからこそ祈りが必要とのことでした。
そしてこの方が尊敬されている、ノーベル平和賞を受賞された貧困に苦しむ人々に寄り添い続けたマザー・テレサも、自己からの解放、というタイトルの文書の中で同じ事を言われていたそうです。

祈り、自己からの解放(マザー・テレサより)
主よ、私は思い込んでいました。
私の心が愛に満ちていると
気づかされました、
私が愛していたのは他人ではなく、
他人の中の自分を愛している事実に。
主よ、私が自分自身から解放されますように。

主よ、私は思い込んでいました。
私は何でも与えていると、
でも胸に手を当ててみて、
わかったのです。
私の方こそ与えられていたのだと、
主よ、私が自分自身から解放されますように。
 

またある京都大学出身の仏教研究者も同じ事を言っていました。
ブッタは生まれて7日で母親を亡くしており、恐らくその悲しみを抱えて仏教を始めており、第45代の天皇である聖武天皇と光明皇后が幼くして亡くなった皇子の菩提のため東大寺を建立したのですが、そういう事情から、聖武天皇も深い悲しみを抱えており、人間だけでなく万物の平和を心から願って建立したそうです。この仏教学者も幼少のころ体が弱く苦しい思いをしていたので、聖武天皇の悲しみを感じることが出来るそうです。

一応私も幼少期から似た様な経験をしておりますので、それを少しは感じることは出来きると自分では思っていますが、なかなか難しいのが現実です、が自分が無力な存在であり、いることしかできないのだということを常に意識しながら診療していこうと考えています。

心の病気に対するスポーツ(運動すること)の効果について:
今日も趣味のテニスを1時間半ほどしてスッキリして帰宅しました。テニスに行く前は寝不足と仕事が忙しくてくたくたな状態でしたし、テニスコートで準備体操している時も疲弊状態が続いていましたが、不思議な事に途中から気分が徐々に軽くなっていき、最後はとても爽快な気分になっていました。
私にとってテニスはとても良い気分転換になりますし、生きがいです。
なぜ気分が良くなるのか?医学的には有酸素運動なので全身の新陳代謝が良くなるのもあると思いますが、私個人としてはラケットでボールを打ち合いすること自体だけでも楽しいと感じられるからだと思います。練習でも一人だけでするのではなく必ず誰かとラリーをしたりボレストしたりします。その時は嫌な事とか考えている暇はほとんどありません。ボールだけに集中です。そして相手と気持ちを感じあいながらラリーをしたりします。上手くラリーが続いたらテンションが上がります。この時脳内でアドレナリンやドーパミンやもしかして脳内モルヒネが出ているのかもしれません。形式練習はドキドキでサービスエースになったら最高な気分になります。 もう一つの楽しい理由としては、自分にとっての楽しい居場所がもてることだと思います。気の合ういつものメンバーと一緒にいると落ち着きます。仕事とは全く違った空間です。
また初めて会った人でもなぜか直ぐうちとけられるのも不思議ですが、楽しいです。
とにかく私は数年前からテニスにはまってしまいました。運動音痴で数年前までは休みの日は家でだらっと過ごすことがほとんどで、生まれてからテニスにはまるまでは、何か生きていて空しいな、人間は何のために生きているのか?とか考えることが多かったです。ところが今はテニスをしていること自体が楽しくて、そんなことはあまり考えなくなりました。今を楽しむ、今しかない、今が一番楽しい、今を感じて生きる、という感じで生活しています。今が一番楽しいので、過去に対しての後悔は全くありません。逆に過去の辛いことなど色々あったから今があるとも感じられます。
そもそもテニスに限らずあらゆるスポーツや運動は、運動している時はあまり余計な事は考えないようになりますので、心の健康にとても良いと思います。
考えずに動かすこと、感じることは、過去や未来ではなくて今を感じて生きることでもあります。
ですので運動することは心の病気の治療にはとても効果があると思います。心の病気は今を感じて生きることが減ってしまって、過去や未来や周りを気にして考え過ぎてしまっている状態で、心が今ここにない状態だからです。
あるテニスオフでこんな人に会いました。その方とは屋外のナイターでテニスをしたのですが、その方がふと真っ黒な夜空を眺めながら、私にこう話しかけて来ました。
真っ黒な空に向かってボールをトスしてサーブするのは距離感が分からないから難しいですね、私は数年前単身赴任して仕事が忙しくなって大好きなテニスも出来なくなって、うつ病になり、心療内科に通って、薬を内服しながら先生に話を聞いてもらいながら、数年かけてだんだん良くなって、またテニスが出来るようになったんですよ、と。その方は私が心療内科医とは知らずに話されたのですが、何か不思議な縁を感じました。
運動は心の病気に効果があると思いますので、簡単でいいですので、出来る運動を何かされると良いと思います。

病気が良くなるための適切な薬物療法について:
日本で最初に組織だって薬物療法を始めたのは、聖徳太子で、推古天皇元年(593年)、大阪に日本最古の官寺・四天王寺を建立の際、四箇院(四箇院とは施薬院に悲田院・敬田院・療病院を合せたもので、社会福祉のはしりとして紹介される場合があり、収容型施設のはしりとされています。)という仏教の慈悲の思想に基づき、その地に薬草を栽培し、怪我や病気で苦しむ人を救うための施設を建てた時からだと言われています。
それから約1400年以上たった現在の日本では、世界保健機構(WHO)が最新の研究結果により決定したエビデンス(十分に研究された科学的根拠がきちんとあること)に基づく国際疾病分類第10版による厳密な診断基準に基づき、西洋医学の最新の知識と経験を持った医師が、患者さんに対して最善の薬物療法を行っています。ひと昔前なら不治の病であった病気も、新薬の開発により治癒するようになりました。絶え間ない人類の努力と製薬会社の研究の賜物です。
ただ私が医師になった頃から、心療内科ではフロイトの精神分析や精神病理学に基づく患者さん一人一人に対する縦断的、オーダーメイド的心理療法よりも、アメリカの疾病分類のDSMや世界保健機構(WHO)の国際疾病分類のICDの均一で普遍的な、どの医師がどの患者さんの診断に使用しても当てはまり、変わりがないとされる、診断基準に基づく薬物療法が主体となって来ていました。これは薬物療法をおこなうにあたって、自己流で偏った投薬を正し、どの医師でも間違いなく薬物療法が出来るようになった点は良かったと思います。ただ医師によっては、患者さんが病気になった経緯や環境などの原因より、診断基準を満たすかどうか、簡単に言うと問診票で何個項目が当てはまるかの方に重点をおいて診断して、製薬会社の十分な研究によって効果があると確認され、厚生労働省が認可した投薬マニュアルに沿って、投薬していく場合があります。例えば投薬のフローチャートというものがあります。 維持量(製薬会社による十分な臨床研究により、効果が出て適量とされる薬の量)まで薬を速やかに増量し、十分な期間経過をみる。そして症状が改善しなければ薬の効果が不十分と考え、更に薬を増量し出来るだけ早く最大量まで増量して十分な期間経過を観察する。そして改善が見られなければ、薬に対する反応性がないと考えて、薬を変更し、維持量まで速やかに増量する。それでも効果がなければその薬も出来るだけ速やかに最大量まで増量し、十分な期間経過を観察する。それでも効果がなければ例外的に特殊な薬をさらにその薬に追加してみるという投薬のフローチャートが出来ていましたし、今でも盛んに新しい有効なフローチャートが研究されています。
これらのフローチャートは薬物療法を行なう時とても役立ちます。そしてこのフローチャート通り薬物療法を実施するだけで治られる患者さんも確かにいらっしゃいます。 ただしフローチャートを間違って使用すると病気が治らず薬がどんどん増えて行くことになります。当然薬の副作用も強くなり、その副作用を改善するための薬を更に追加することになるという悪循環にもなります。
簡単に言えば1400年前より悪くなってしまう場合もあるということです。それはどういうことなのか?
それがなぜなのか?だったらどうしたら良いのかをこれからお話しさせて頂きます。
その原因は薬物療法偏重的治療にあると考えられます。
薬物療法も治療にとってとても有効な手段の一つではありますが、それ以外の治療も必ず必要です。
まず初診の時に、医師が、なぜその症状が出てしまったのか?患者さんが何を本当は苦しんでおられるのか? をしっかりうかがう必要があります。そのためには患者さんの家族歴、生活歴、生い立ち、家庭環境、仕事の労働環境や人間関係、性格、ものの考え方などを十分伺い、問題点を十分整理することが必要です。
そして実際に環境調整や考え方を変えることなどで症状の原因をなくす方向で治療することだけで症状が改善することがあります。それでも対応出来ない時、初めて薬物療法が必要となります。
ただしその場合でも、あくまでも薬物療法は対照療法的であって、根本的な治癒に向けての治療法ではなく、どこまで行っても補助的です。確かに病気によっては必ず必要な場合はあります。それを否定するつもりは全くありません。統合失調症に対しては、ほとんどの場合薬物が必要です。強いうつ状態に対しては抗うつ薬は必要ですし、ADHD(注意欠陥多動性障害)に薬物療法は有効です。
重要なのは、薬物療法は必要な時必要な量をフローチャートにそって投薬しつつも、薬以外の心理療法などで患者さんの症状が出ている原因を解決していき出ないようにすることです。
そうしないと、何かの偶然で原因がなくならない限り、一生薬を服用しないといけなくなってしまいます。
そのためには、医師が患者さんと共に、症状の原因を考え、その原因がわかれば、それをなくす方向で治療していく必要があります。
ただ単に薬を内服していれば治る、ということは決してありません。
例えば、上司の言われた通り100%仕事を達成しないといけないという考え方から、いつも頑張り過ぎて疲れてうつ状態となるのが原因(考え方が原因)の場合はその考え方を変えない限り休職して復帰してもまたうつ状態になります。
寝る前に携帯でゲームをついしてしまい、頭がさえてしまって不眠になる方に睡眠薬を投与しても、ゲームを止めない限り、恐らく薬は止めることは出来ないでしょう。
次に重要なのは、症状が一時的に悪化したからといって、安易に薬を増量しないことです。
むしろその時こそなぜ症状が悪くなったのか?今までいけていたのに?と考えてその原因を探り、それが分かり、解決出来れば増量する必要はなくなります。
安易に悪化の原因を考えずに増量すると、どんどん薬が増えていってしまいます。
この2点をおさえておけば、症状は改善して治癒します。簡単なことではありませんが。
症状は自分を変えるきっかけと考えると良いと思います。
これは決して心の病気だけではありません。むしろ体の病気の方が理解しやすいと思います。
例えば、食べ過ぎで肥満になったことにより高血圧になっているなら、適切な体重までもどせばいいわけです。
ところがそれはそう簡単なことではありません。色々な工夫や努力が必要です。
でもそうできたら治る可能性が高いのではないでしょうか。

働くこと(生きがい)について:
最近過労死が大きな社会問題となっています。
当院にも過労からうつ病になり受診される方が多いです。
日本の社会全体が生き辛くなって来ているように感じます。
IT化が進んで便利になった反面、規則が増えて複雑になり、何をするにも提出書類が増えて、その量と内容が増えていき、記入に時間がかかり、肝心な本当にしなければいけない事がなかなか出来ない状態となってきていますが、特に会社で働かれておられる方はノルマや期限をせかされ追い立てられてしんどくなっておられる方が多いようです。
一方で会社を定年退職して急に何もすることがなくなり、余計な事を考えることが多くなり、心の病気になったり、夫婦仲が悪くなり、熟年離婚される方も多くなっています。
その様な中で、あくまで理想ですが、いい働き方をするための意識の持ち方を私なりに考えてみましたので、お話しさせて頂きます。
あくまで理想的で簡単な事ではないですが、以下の事を意識して仕事を探したり(新卒者や転職者の方が就活する時)日頃から働いていれば、本当の意味で少しでも仕事が働き易くなると思いますのでお話しさせて頂きます。
結論から言いますと、働くために生きる、又は生きるために働くというふうになってしまい仕事の奴隷にならないために、自分が主体的になって、心で感じて、今自分は本当にやりたいことをやっているのか?働きたいから働く、自分の生きがいのために働こうとしているのか?と意識することが大事だと思います。
別の言い方をすれば、好きだから働く、又は働くのが好きで楽しいと感じて働いているのかと自分に問い直してみることが必要だと思います。
これを意識していると人生が好循環して、自分が楽しく好きで働いているから他の周りの人も喜んでくれる。
するとさらにそれが自分の生きがいになるというふうになると思います。
ただしこれはそう簡単な事ではなく、捨てなければならないことや失うことも多いと思います。
例えば出世する、上司から評価される、地位や名誉、お金を多く儲けることなどは諦めないといけないかもしれませんし、今の仕事を転職することになるかもしれません。
少し前流行っていた断捨離と似ているかもしれません。
あることを捨てたり諦めたりすると別のもっと素敵な新しい事が現れるかもしれません。
捨てたもの以上の良い人生が送れるかもしれません。
意識していると、具体的には、嫌な仕事は断れるようになるし、考え過ぎる事も減って、無理のない自分のペースで楽しく人生を送れると思います。

これからは私の経験をお話しさせて頂きます。
私の場合大学受験の時からかなり進路に悩みましたが、結局心療内科、精神科や脳外科の医師になりたいな、と決めて医学部を選択しました。
大学卒業時も何科になるか色々悩みましたが、人の心に関心があり結局神経精神科に入局しました。
その後大学病院や関連病院で勤務した後、某病院の院長職の話を頂きました。その時教授から大学に戻ってもいいし院長になってもいいとのご配慮を頂きましたが、院長をしたくて決めました。
その後数年たって開業したくなり、まわりの多くの関係者の皆様には大変なご迷惑をおかけ致しましたが、今の場所で何かの縁もあり開業しました。
その後順調に働いていましたが、色々な辛い事が重なり、仕事(医師)を続ける自信がなくなり、止めたくなり、本当に一時止める準備を進めていましたが、いざ本当に止めるとなった時、これから何をして生きていったらいいのか?やることが何もない、生きがいが何もない、と気づき、また長年働いてきたクリニックが愛おしく思えてきて、心機一転して、本当にやりたい治療をやろうと決意を新たにして働き現在に至っています。
今振り返ってみると、私は人生の分岐点でいつもかなり悩みながらも本能的に感じて決めて来たと思います。

今度は当院の患者さんで良くあるケースをお話し致します。
仕事がしんどくなりうつ病となり当院に通院となり、その後定年退職して、一時気楽に楽しく過ごされていたのですが、その後何か空しくなり、体調も崩しがちとなり、ふと今までのキャリアを生かして、お金を稼ぐためではなく、生きがいのために自分で仕事を始めていったところ、ノルマも何の制限もなくマイペースにやりたい仕事だけを出来るため、仕事が楽しくてしかたがない、今が一番楽しいです、という方を時々経験します。

最後にパン職人・竹内久典さんの例を簡単にお話しさせて頂きます。
この方は伝説のパン職人でかつては日本で一番のパン職人になることを夢みてがむしゃらに頑張られたのですが、ある雑誌で一番と評価された途端に一日1000人以上が押し寄せる大阪市の有名なパン屋となり、お金は儲かったのですが、毎日くたくたとなり何のためにパンを作っているのかわからなくなってしまったため閉店しました。その後は兵庫の山のふもとで、本当に作りたい美味しいパンを完全予約制で決まった分だけ毎週作り、楽しく働かれています。

私のストレス対処法(生き方)について:
新年度の始まりには、環境の変化についていけず、慣れずにしんどくなっていかれる方も多いと思います。
そこで、少しでもしんどくなっておられる方のお役に立てばと考えて、私なりの今の生き方や考え方について少しお話しさせて頂きたいと思います。

まず常に意識するようにしていることがあります。
それは、今のこの瞬間を十分感じて、自分らしく生きているか?ということです。
意識が過去や未来に向き過ぎていないか?意識が人からの評価や他人との比較に向き過ぎていないか?
今自分らしく生きているか?自分を大切にしているか?ということです。
自分を大切にすること、大事にすること、自信を持つこと、優しくすること、愛することでもあります。
まず自分自身を大切にしないと、他の人を大切にする事など出来るはずがないと思います。
これは決して自己中心的、利己主義的ではないと考えています。
自己を犠牲にして他の人を助ける事が良い事、美徳、献身的、思いやりがある、と考えられがちですが、私はそうではないと思います。
自己を犠牲にすべき、と考えていると必然的に他の人にもその気がなくても、結果的に犠牲を強いることになると思います。
何のため、誰のために自分を犠牲にする必要性があるのでしょうか?

次に意識していることは、可能な限り損得抜きで生きているか?ということです。
自分がやりたいからやっている、見返りを求めない、give and takeでないことです。
give and takeは持ちつ持たれつの関係で、一見良い様に感じられますが、これは商売では良いかもしれませんが、身近な人間関係では有害無益と考えられます。
give and take、損得は身近な人間関係では依存関係を生みます。得られないと人を攻めます。
人間関係があまりない場合でもあらゆる依存の原因になり得ます。アルコール依存、薬物依存、ギャンブル依存など。
損得を意識すると欲望が深まり、際限がなくなります。どこまでいっても満足することが出来なくなってしまいます。いくらお金を稼いでも、もっと稼がないと、と不安になってしまいます。
そうならないためにも自分に自信が持てるように生きて行く、他人の評価、比較ではなく自分がやりたいから、好きだからやる、と常に意識するように努力しています。
努力といいましたのは、実際は常に損得で考えがちだからです。
テニスが下手だと常に比較して自信がなくなります。でもまた常に、自分なりに昨日より上手くなったからそれでいい、と思う様にしています。
自分の今を自分なりに受け入れることでもあります。受け入れた上で、今の自分が無理せず出来る事をする様に心がけています。

最後に意識しているのは、目標(希望)を持つこと、高い目標でいいと思いますし、色々あってもいいと思います。
どんなレベルの試合でもいいのでテニスで優勝することが、今の私の目標です。
それと仕事を続けて行くこと、続けられる様に経営すること、健康でいること、などです。
ただし目標は目標であって、すぐ達成出来なくて構いません。
むしろそれは害悪で、体と心に良くなく、無理強いとなります。
今の自分の心と体と、今の自分以外の状況を一歩引いて、心で感じて把握して、今の自分に出来るベストを尽くすことです。現状は絶えず変化しますので、絶えず臨機応変に対応する必要があります。
ベストというのはただ単にがむしゃらに頑張るのではなくて、この先ずっと無理なく続けられるように、ほどほどに頑張る、中庸ということです。結果より過程が大事だと思います。

話は長くなりましたが、大まかには以上です。
簡単にまとめると、今この瞬間を充実して生きること、です。
過去や未来にこだわらず、極端に言ったら明日死んでも悔いが残らない様に生きる事です。
毎日毎日を大切に生きています。でも葛藤もありますし、苦しくてしんどい事の方が多いです。
でも楽しくて楽なだけなら本当には楽しいとは感じられないと思います。
苦しみながら楽しく生きています。